●2006年4月(卯月)
30日(日)
夜、伊勢佐木町の有隣堂文具館へゆき、帰り際にメインの通りに出たら人だかり。
シルバーマンは完璧なまでに微動だにせず、隣のストライプのジェントルマンもほとんど動きを
見せない。見事なパフォーマンスに座り込んで見物する人の姿も目立つ。
張り紙には「チップはご自由にお入れ下さい」と記してあり、時折器にちゃりんと入れるギャラリー
がある。それを認めた瞬間のみ、二人は激しく動き出す。
伊勢佐木の路上では結構色々なパフォーマーを見かけることがあるが、初めて遭遇する二人組
だった。

29日(土)
絶好がぶ飲み中。

28日(金)
プラズマテレビをイナズマテレビと言ってしまうこともある。
そんなこともある・・・
先日の日記でシャツ類制作の話題に触れたところ、思いがけず何件かお問い合わせを
頂戴する幸に恵まれ、とても喜んでいる。
あるいはかなり時期尚早かとも思ったのだが、書いてみて本当に良かった。
私はどうも秘密主義(?)と言うのか、はっきり形になった時点で「こういうことをやります!」と
ご報告したいと考えがちなきらいがある。が、今は少しそんな部分も変えようかとも思い出している。
とにかく、自信を持ってご提供できる品を目指して。
27日(木)
率直な気持ち、「ああ、日記がないと楽だなあ」と昨夜は思った。
しかしながら、それ以上に、何か大切な仕事を遣り残してしまったような、疎かにしてしまった
ような、そんな風な思いにも捕らわれるから不思議なものだ。
夜、横須賀の方まで食事に出た。と言っても、うちは横浜とはいえ限りなく横須賀に近い
端っこの横浜なので、汐入あたり車だと直ぐである。
また別にこれから始動する予定の、新しい仕事の打ち合わせも兼ねる感じで。
今年は動く年にするんだ。色々と。
26日(水)
今夜は早めに寝床へゆき、ゆっくり休みたいと思う。寝る時は寝なくては。
たまには日記も潔く手抜きで。
25日(火)
夕刻、お世話になっている新横浜の歯科へ定期検診にゆく。
思いがけず経過は非常に悪く、大いなる打撃を受けて力なくとぼとぼ帰ってくる。
何事でも、努力がちっとも報われず、マイナスに作用するのは辛い。
最近のあまりの睡眠不足もたたっているかも知れない。
しかし時間で区切る仕事でもなく、規則正しくというのは色々な面で正直本当に困難なのだ。
何か、もうつくづく無理がきかないんだな、と改めて落ち込んだ。
でも落ち込んでばかりもいられない。どんな時でも、その時点での最善を尽くすしか道はない。
心身健やかなことこそ幸せ。
普段当たり前のことを当たり前にできることが、幸せ。

24日(月)
ひとつ、涼風工房から新たな試みをスタートさせる計画があり、現在既に始動しています。
Tシャツやキャミソールを中心とした、衣類を制作し販売する予定です。
ほか七分袖・長袖シャツに加え、数としてはやや少なめになりますが男性物のTシャツもご用意
いたします。
まだまだ準備段階で、正式にご披露するのは少し先、季節がいくつか動いた後になるかと思い
ますが、もし楽しみにお待ちいただければとても嬉しいです。
こちらの件にはパートナーの女性がおり、手縫いで縫製全般を担当してもらいます。
言うまでもなく縫製こそ大切なメインの作業であり、これは彼女の力なくしては語れない仕事です。
裁縫おんちの私は教わることも多く、試行錯誤しながらの進行となっていますが、二人で一緒に
良いものを作ってゆけるよう精一杯励んで参りますので、ぜひ期待していただきたいと思います。

縫製前段階での試作品ですが、こんな感じで・・・
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これは黒地のシンプルなキャミソールです。

慣れない布地やアイロンとも格闘の日々。
でも楽しい。 |

23日(日)
早朝のことだった。お腹が空いた私は、ポストに投函する小さな封書を手に近所のサンクスへ
てくてく。
ああ、朝の空気は新しくてなんて清清しいの。コーヒーとしゃけのおにぎりが食べたいなあ。など
徒然なるままに歩を進める。
次の瞬間、体に突然の衝撃が走った。
あら。あたしってばコンクリートの上で派手にすっ転んでる。手と足がめちゃめちゃ痛い。
「痛い!」と何の捻りもない心の叫びを口走りながら、冷静に起き上がり確認すると、左掌及び
右膝負傷。
手は、一番分厚い部分だけ打って更に厚くなる程度で済みそうだ。仕事に支障も来さない。
膝は・・・まあまあ結構な傷いらっしゃいませ。
しかし人間の本能とは咄嗟の時にも発揮されるようで、郵便物は無事だった。
三沢光晴クラスとはゆかないものの、そこそこの受身も取れたようである。
なお、原因は、ご近所うろうろ用サンダルの崩壊に因るものである。
22日(土)
ふと色々考えて寝床で頭が冴えることは多々あるが、最近よく思うのが人間というものの怖さだ。
どういう類いの怖さかと言えば、人間いつ何時何がどうなるか分からない点だ。それは今日にも
交通事故に遭うかも知れないという怖さではなく、極端な話一分後だって自分が今と同じ状態を
保っているか保証など一切無いという部分でのやや漠然とした恐ろしさだ。
人の脳なんて未知すぎて、どんな拍子でどこかの回路がおかしくなるかまったくもって不明だし、
どれほど確率は低かったとしても、どんな異常を招く可能性だって秘めている。
それを思うと今もこうして正常な自己(推測&希望)を保っている事実が奇跡にすら感じられる。
それを引き金にどんどん思考を進めると、人間が現在の姿・機能を備えて生きている現実の
あまりの不思議さ、空恐ろしさ、気の遠くなるような喜びと、それに負けないくらいの哀しさの
ようなものを覚える。
女性が排卵期に性欲が旺盛になりやすいのは、「今性行為をして子孫を繁栄させろ!」との
自然の企みとも考えられるし、人間だけでなく、例えば風邪菌だって、くしゃみという行為をさせる
ことによって自分をばら撒き増やそうとする。
自然のシステムは考えれば考えるほどよく出来ていて感嘆する。
ただ人間には知恵があるので、前者なら避妊・後者ならマスクを着用するなどしてあるいは防ぐ
ことも出来る。
しかし、知恵があってもやはり人間は万能ではなく、脳の不安同様に恐れるべく勝てないあらゆる
病気が存在し、いつか必ず死を迎えるようにもなっている。そこにも自然の意図は介在している
はずだ。
だが病気は忌むべきもので、それに対してはどんどん人間の知能と医学が自然の脅威に
逆らって欲しい。
死も、真面目に考え出せばこれほどの恐怖は無い。私は子供の頃から時折考えては自我が
消えるってどういうことかと戦いていた。今もその辺はあまり進歩ない気もする。
寿命による死なら、こちらの意図は汲まなくてはならない。自然に命が尽きることだけは、きっと
生命体という名の大装置に課せられた抗いようのない義務なのだろう。
だから医学や科学の進歩を許容してくれるのかも知れない。「いずれ必ず命を落とす事実からは
誰も絶対逃れられない。だからそれ以外の部分は頑張って遠慮なく逆らいなさい」みたいな。
そして、こんな風に呑気に言っていられるのは、私が今元気で、そしてまだこれからも順調に
ゆけば生きる年数を多く残しているからなんだろう。
もちろん、決して毎日毎日こんなことを考えて生きているわけではない。
何やらつらつらと綴っていたら、すっかり朝になってしまった。
今考えていること。「ああ、お腹すいてきちゃったなー・・・」
21日(金)
今季初の伝統の一戦。ちょっぴり辛口でお馴染みのニッポン放送解説者江本孟紀さんも
絶賛の素晴らしい試合。
江本さんはかねがね、昨今のピッチャーは駄目だ、投手は完投せなあかん、と言っている。
私は江本さんの解説は結構好きな方だし、完投する投手は無条件に好きで応援したくなるので、
特にそれにはうんうんと聞いている。
何が何でも最後まで投げろ!どうしても投げろ!とは到底思わないが、きっと江本さんもその一戦
責任持って先発する投手の気合を見たい感じたいという意味合いで発言しているのだろうなと
勝手に解釈している。
上原投手と井川投手。両チームのエースと言われる男がエースたる仕事をすると、凄い試合が
生まれる。
終盤から出てきた投手たちも、みんなおかしなところない気迫のピッチング。引き締まる。野球は
投手がびしっとしていると本当に気持ちがいい。
中身の濃い試合をすれば、野球好きな人間は容易く魅了されるのだ。
ちなみに、私の中で最早別格の存在とも言える解説者は、関根潤三さんである。
野球の試合を聞いていてこんなにも和むなんて、通常あり得ない。
20日(木)
春の嵐。一通り雨風が荒れた後には、晴れ間が綺麗に広がった。
若冲は、彼の代表作「動植綵絵」を描き上げた時、「自分の絵の価値が分かる人を千年待つ」
と言ったそうだ。
たったひと言がその人間を表せる場合もある。私は猛烈に心打たれた。
いつか何も知らずに偶然テレビ画面で初めてその「動植綵絵」を目にした時、余りの素晴ら
しさに圧倒されて呆然とし、人間はこんな絵が描けるのかと感動の涙を滲ませた私は、
この絵の価値が分からない人なんているだろうか、それこそ千年待って現れるかどうかでは
ないか、と思い切り偏ったことを思う。
実家の玄関付近に、私が学生の頃描いた椿の油絵が飾ってある。我ながら、お世辞にも凄い
作品とは言えない。
「お願いだからやめて〜!」と事ある毎に頼んできたものの、なぜだか聞き入れられない。それを
引っ込めて貰うには、代わりのものを提供するしかない。
今は絵ではなく、何か和紙を使って額に飾れる品を作るつもり・・・と考えてすっかり久しい。

19日(水)
遅まきながら、5月5日の端午の節句にちなんだカードと、お揃いのぽち袋を掲載いたしました。
カードは、兜や鯉のぼり、健康を祈願する菖蒲がとび出す仕様で賑やかに飾りました。サイズは
ミニサイズのみとなりますが、封筒は定型サイズとなるよう大きめに誂えましたので、80円切手で
郵送していただけます。
この時期のお便りに、贈り物や柏餅に添えて(?)など、ぽち袋共々幅広くご活用いただければ
光栄です。
18日(火)
新庄・・・
「このチームで優勝したから」とか「三冠王とったから」とかではなく、「球場が4万3千人満員に
なったのを見て、嬉しかった。自分の役目は終わったと思った」というのが何とも彼らしい。
「あれは冗談でしたー」と笑っても絶対誰も怒らないから明日にでもそう言って欲しいぞ・・・
本当に寂しいニュースだ。まだまだ日本球界にはあなたが必要だ。
最近、お粥をよく食べる。
お粥と言っても、炊飯器にお米と「これくらいかな」とお得意のざっくばらんな目分量の水を多めに
入れて炊くだけ。あとは梅干や子持ち昆布、つぼ漬けやその類いのお漬物を100円ショップで
買い込めば、まあ美味しいお粥がいただける。
そう、なめ茸を忘れてはいけない。なめ茸の美味しさは半端じゃないと今こそ断言したい。
(二食で一瓶なくなるのだがなぜか)
以前、インターコンチネンタルホテルに泊まった翌朝のビュッフェで、ずらりと並ぶ麗しいお食事の
数々の一角にお粥とたくさんのトッピングが並んでいて、しゃけにつられて手を出したところ、
それが第三の目が開くくらい異様に美味で、「毎日これが食べたい」と私のお粥魂に唐突に
火を点けたのだった。
いまだあのお味にはどうしてもならないが・・・

17日(月)
起きている時間が長すぎる。長すぎて訳分からなくなってきた。でもやけにお腹が空くのは
きっと元気な証拠。
しかし今望むのはひとつ。お風呂に入ってふとんまっしぐら。
16日(日)
ジェイクの新譜発売が6月に決まった。
「GENTLY WEEPS」。タイトルもジャケットも素敵。
私はかねてよりジェイクの弾くジョージ・ハリスンの「While
My Guitar Gently Weeps」が大好き。
(結局全曲大好きなわけだが)
ジェイクはもちろんギターではないけれど、まさにウクレレが優しく泣いているような演奏。
その曲を改めて収録、しかも一部をタイトルに使うアルバム。もう心の奥底から待ち遠しい。
6月は姉夫婦のパーティーもあるし、交流戦の観戦予定もあるし、お楽しみいっぱい。
15日(土)
本日、群馬は妙義山を目指し早朝に横浜を出発。
北風がちょっぴり身に凍みたけれど、晴れ間にも恵まれ澄んだ空気もおいしい。
久方振りの遠出と溢れる自然に心も体もリフレッシュ。そんな春の日の旅日記です。
左は妙義山、鋭い風情で非常に格好のよい山。人には一目惚れ未経験の私もあっさり
一目で惚れる。
そして右の麓は、「さくらの里」・・・のはず。
まだ開花には時間がかかるとのこと、この辺り一面が桜色一色に染まる様を脳裏にそっと
描いてみる。
・・・ああっ!この世のものとは思えない、何て美しい光景なんだ!

少し下った場所にある妙義神社、こちらはまず圧倒的な魅力の枝垂桜がお出迎え。

素晴らしい。が、見惚れたくても人の波に押され立ち止まることも難しい。
そのくらい人出が凄かった。
こちらの神社は、桜だけでなく見所たくさん。

次いで長野に入り、一路上田城址公園を目指す。
唯一咲き誇るのはやはり枝垂桜。他の桜は同様にまだ早かった様子。
水辺の枝垂桜が風に流れるように揺れる様は、眺めていて飽くことがなかった。
その風に一緒に吹かれていることが満足。

最後に「懐古園」という場所に寄る。
広い園内はゆけどもゆけども裸木並ぶ冬景色。
桜以前に、梅の開花もまだだそうだ。今月下旬頃、共に咲くのではとのお話。
一角にささやかな動物園があり、大層喜ぶ。見れば大正時代に作られた動物園と書いてある。
一体その当時はどんな動物がいたと言うんだ。
うさぎさんにわとりさんの囲いに、どこか小学校の裏庭にでもいるようなほのぼの感をもたらす
園内。突出した存在感を放つのはこちらのお二方。常に動きはシンクロ、すこぶる仲良しのようだ。

名前はリキです。
男前台無しショットでごめんなさいだけど、きみは間違いなくとてもいい熊です。

14日(金)
いつになったら晴れ間が出るのだろう。まるで軽く季節先取りの梅雨のようだ。
ポストを開けた途端に中身が分かる郵便物は初めてかも知れないな、と思った。
膨らんだ封筒を通じて密度濃く漂っているのは、紛れなく匂い袋から発散される芳しい香り。
香りって、私は個人的に凄く大切なものだと思っている。どぎつい香りではなく、あくまで仄かに
立ち上るような香り。
ついでに言うと、そういう面にほんのり気を遣う心地よい香りがする男性も好きだ。(!)
新しいタイプのブックカバーを掲載して以来、ブックカバーのご注文を頂戴する機会が増え
喜んでいる。
今後も積極的にもっと種類を増やしてゆきたい。
13日(木)
曇り模様雨模様が続く近頃。
埃とさよならしたくて先ず掃除からはじまる今日。明日には早速もう会う気もするけれども。
仕事部屋が片付く状態とはそう作れるものではないが、気分良く勤しむためには環境を可能な
限り綺麗に心がけようと一応常に思ってはいる。
実際、掃除をすると気持ちも軽やかになる。単純って素敵。
最近数人の方から切手をいただくことが続いたからだろうか、唐突に、幼い昔母が珍しい
切手をたくさん持っていたことを思い出した。
蒐集した切手はしっかりとした体裁の切手用ブックのようなものに収められていて、うろ覚えだが
確かピンセットで扱っていた気もしてきた。
私にも、それらの切手を数枚我がものにするチャンスが定期的に訪れた。それは、母に髪を
切られる時・・・
うちは「髪はいくらでも短くしてしかるべし」みたいな方針が鉄壁の二遊間のごとく固まっていた
ので、髪の毛を伸ばしたい女の子心は泣く泣くばっさり、いつも切手と引き換えにワカメちゃんも
顔負けの大胆な髪型へとカットされるのだった。
今思えば、「切り手と切手で相殺ネ」みたいな意味合いだったのだろうか。
(絶対ちがう・・・)
12日(水)
長らく品切れしていたお悔やみカードを新たに作り掲載いたしました。
使う機会が巡って来ないに越したことはないカードですが、自然の営みの中で生きている以上、
どうしても避けられないお別れがあります。
悲しい事実に直面している友人・知人の方に、お慰めと思い遣りの心を伝える一つの方法として
ご活用いただければ幸いです。
11日(火)
雨一色の本日。
深夜の雨音というのは悪くない。こんな夜にはジェイクの奏でる「Close
to you」がとてもよく似合う。
私自身もいつか弾けるようになりたい一曲だ。
オーダーメイドのサンプルの品を複数作っているのだが、ばしっと決まるもの、また、うーん?と
唸りながらあらゆる角度から延々眺めてしまうもの、様々だ。
迷った時、私はいつも取り敢えず写真に撮って見る。
肉眼で見る方がよっぽどダイレクトなはずなのだけど、案外画像にして見てみる方が全体と
して見易かったり、改善点が浮き上がってくる場合があるのだ。
ばしっと決まる快感を求めて、何より気に入っていただけるものを目指して、今日もゆく。
10日(月)
午後から浅草橋、蒲田と駆けずり回る。
予定より大幅に寝坊、目覚まし時計はお疲れさまなことに1時間鳴り続けたままほったらかし
にされたらしい。
が、それは少なくとも今日私が1時間は確実に深い眠りを貪ることができた証でもある。
前向き前向き。
しかし、時間との戦いにのんびりは構えていられない。
身支度を整えて慌しくうちを飛び出す。
外は暖かくはないが、降るのは春らしい柔らかな印象の雨。番傘を差し差し駅へ急ぐ。
年配のご婦人と擦れ違うと、皆さん傘を眺めては見知らぬ私に微笑んでくれる。
最近特に思うのだけど、うちの辺りって気持ちの良い人に溢れている気がする。狭い道を
ちょこっと譲れば、必ずにこっとお辞儀して貰えたり。
ささやかな事柄だし、あるいは本来当たり前なのかも知れないが、何だか六浦っていい町なんだ。
出先ではお腹を空かせながら用を済ませ、浅草橋を後にする前にいつものコーヒーショップで
ブレンドとよもぎのロールケーキをいただき本日の一食目。
ブラック・コーヒーは五臓六腑に染み渡り、よもぎのケーキは余りに美味しく、ほっぺが落ちそう。
こういうひと時があるとやっぱり頑張れる。
9日(日)
酷い頭痛に苛まれている夢を見た。種類としては、血圧が完全に行方知れずになった時の
頭痛な感じだった。
夢の中でも実際痛みはばしばし痛感しているわけで、起きてから「ああ、本当に痛いわけじゃ
なかったんだ」と思ってみても、どうも今ひとつ腑に落ちないのだが。
タイトル、とちおとめとわたし。

そこはかとなくアナグラムできそうな香りに、しばし考える。
夫婦とわし達と。(めおととわしたちと)
留雄と痴話した、と。(とめおとちわしたと)
・・・なんじゃそりゃ。
8日(土)
時間差攻撃でブックカバー文庫版を一点、新しいタイプのメモ帳四点を掲載いたしました。
かねてより、メモ帳は「もったいなくて使えない」という、それこそもったいないお言葉を頂戴する
機会も少なくなく、それではぜひ中身の差し替えが利くものも作りたいと思い立った次第です。
新しいものを考えたり作ったりするのはとても楽しい作業です。
・・・時間さえたっぷりあれば。
7日(金)
カードの新作を更新いたしました。
ブックカバーを思わせる、しっかりとした体裁のカードに仕上げてみました。中紙は白の
越前和紙を使用、メッセージもたっぷり綴っていただけます。
和の雰囲気溢れるカード、ぜひひとつの贈り物として様々な機会にご利用いただければ嬉しく
思います。
夜、郵便受けを確認する。一通の封書と、一枚の葉書。封書は、姉夫婦の結婚パーティーの
招待状、葉書は小学生時代の友人からの結婚報告ポストカードだった。
なんだか幸せな今日のポスト。
さて、招待状は自分が作ったものだけれど、さすがに自分宛のものを受け取るのは初めてだ。
軽く感慨に浸り中々封を開けられず。
更には、封筒の強度OK、封かんシールも剥がれずしっかりついているぜOK、と色々チェック開始。
写真を撮ってからようやく開封する。

6日(木)
古田スワローズが苦しんでいる。
開幕戦、二戦目、と見事な勝利を手にしたが、その後はことごとくうまくゆかない。
しかし、どんなに素晴らしい適性と野球頭脳を備え、実績・経験をも積んでいる古田プレイング
マネージャーだって、監督は今初めて務めているのだ。何も最初から順風満帆ではなくても良い
気がする。
ツバメをこよなく愛する母の心痛とそれに伴う実家の「ツバメ危機」(!)は深く憂えるところだが、
その溜めた分だけ巻き返すのが古田という男に違いないと私には思えてならない。
どんなことでも、一つも躓かないで進めるなんてことは当然あり得ないだろうし、むしろ躓くことって
大切なんだな、と最近しみじみ感じ入る。
今まさに絶好躓き中の場合、もちろんそんな風に思える余裕は持てないのが常で、煩悶も
すれば苦しむし逃れられない辛さにも襲われる。
でも、ふとそこを抜けた時。何もかもが無駄ではなく、何もかもが糧になっていると気付く。
きっと、その度に少しずつでも脱皮しているのだと思う。
私は今、色々な面で充実したい・前進したいという大きな意思を明確に持ち出している。
心を塞いでいても仕方がない。挫けては駄目だ。前向きに、頭を使って考えろ。
不思議なもので、そうすると時間はかかっても、良い出来事や展開に恵まれるようになる。
それが一層自分の気持ちを生き生きとさせてくれる。
生きていると失敗もするし、恥もかくし、絶望すらすることもある。
でも、結局人間は脳で生きている。
脳次第で、自分の世界を変えることができるのだ。
5日(水)
私の最高の専属モデルなんです。

4日(火)
仕入れで一番訪れるのが専ら蒲田だ。
そのような背景も手伝い、昨年頃から蒲田で食事をする機会がめっきり増えた。
蒲田という地は飲食店がとても多い。中華料理店、イタリアンレストラン、和ダイニングなど、
結構多岐にわたりお邪魔している。そのお店お店、お料理も美味しいし、それぞれ好印象が
残るご主人や店員さんもいて快いので、「このお店はぜひまた来たい」という場所が増える一方だ。
さて、本日。京急の駅からほど近い、少し裏道風の通りにある初めての居酒屋さんに潜入。
壁際のテーブル席に着くと、こんな額が目に付いた。

「不幸になる人」の一行目“夜更かし朝寝坊の人”を読みうなだれる私であったが、なるほど
ふむふむと何度も目を通した挙句、デジカメをごそごそ、そしてぱちり。
感じ入るところがある言葉の数々だった。
八景に戻り、帰りがけに瀬戸神社の前にて。

夜桜麗しくとも、瀬戸子は雲隠れの今宵。
3日(月)
マンデーパリーグって止めたんだ。
残念ながら、上大岡のユザワヤは私にはほとんど使えない感じだった。
長崎屋内のツーフロアを使用している形で、画材・文具・工芸などのコーナーも設けられては
いるものの、他店と比べ特に洋紙のあまりの種類の乏しさには心からびっくりした。
まあ、そううまくはゆかないよな。
でも、レザックくらいは置いて欲しいなぁ。
少々失意を引きずりつつ、帰りに駅でシウマイ弁当に誘惑され、負ける。
たまに無性に味わいたくなるお弁当。旅途中の新幹線、もしくは横浜スタジアムで食べるとなお
美味しい。
2日(日)
本日終日雨。そう言えば、昨夜の空にはほっそりした姿態の朧月が滲んでいた。
風も強い。きっと多くの桜の花びらを散らしているだろう。
草木もぐっすり眠る丑三つ時。夜な夜なひっそり「Yesterday」を懸命に練習している。どうしても
弾けるようになりたいからだ。
DVDでジェイク先生と一緒にレッスン。押さえるのがやや難しいコードで微妙な美しさが響く
和音を綺麗に奏でることが出来ると、それだけでも満足感が湧く。
更に、実にスローテンポではあるが、何とか一通り進められるようになってきた。これはもう、
私にとっては奇跡的な展開とも言える、本当にかなり嬉しいことだ。初めてこのレッスンのトラックを
見た時は、まさかこんな風についてゆける日が来るとはゆめゆめ思わなかった。(そもそも、自分が
ウクレレを手にするとも考えていなかったが)
何事でも、進歩を実感出来ることはやはり喜ばしく、素晴らしい。
この熱心さが子供の自分にもあったなら、きっと音楽の成績は常に5だったに違いない。
当時もクラシックを鑑賞する授業だけは大好きだったが、ほかの内容に関しては何をしていたか
さっぱり思い出せない感じだ。楽器も縦笛くらいしか記憶にないし、そもそも楽譜の読み方って
習ったっけ?と真剣に首を捻る始末。
でもいいのだ。音楽の成績が余り芳しくなくとも、「音楽がない自分の人生など考えられない」
という人生を私は間違いなく生きて来ている。
ジェイクも、今年で30歳を迎えると言う。
こんなにも自分の魂を揺さぶる比類なき音楽を放ち続ける人と同じ年代を生きられて嬉しい
なあと、笑われたって真面目に思うのさ。
1日(土)
似た雰囲気の和紙が手に入ったので、品切れ中だったうさぎのカードを大小新たに作り変えて
それぞれのページに掲載いたしました。
カードのデザインや大まかな色合いは以前のものと同じですが、わりあいご好評をいただけて
いる一品なので、ぜひ引き続きご愛顧下されば嬉しく思います。

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