●2005年1月(睦月)
31日(月)
先週から、今週は今季一番の寒気が日本列島を襲うと小耳に挟んでいた。
天気予報に偽りなく、確かにとっても寒い。室内を漂う空気の質が、昨日とは全然違う。
強い寒気だと、窓のほんの隙間を縫う能力まで強くなる感じがする。
年が明けてひと月が経った。
うぎゃあ。今年もあと11ヶ月だー!
30日(日)
こんなことを思い出した。
「嘘」について、少し考えていたからかも知れない。
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過去の職場に、虚言癖のある女性がいたことがある。
時に涙さえ流し、自らを演出していた。
あるいは、彼女の中では、語り出した途端に全てが事実になっていたのかも知れない。
それは徐々に度を越してゆきすぎたので、はじめは彼女の言葉を信じ彼女の身に起きることを
親身に気にかけた周囲の人たちも、いつしか冷めた目になっていった。
彼女の嘘は常に他者を巻き込み、その都度誰かを傷つけた。
私自身、彼女の嘘の標的にされ大きな迷惑をこうむったので、当然腹も立ったし、こんな人も
いるのか・・・と驚嘆するような思いだった。
それと同時に、どこか悲しかった。
単に事態を引っ掻き回して面白がる、という部分があるのは透けて見えた。
しかしそれ以上に、周囲の関心や注目を集めたい、同情されたい、そして何より優しく思い
遣られたいという気持ちが嘘を重ねさせると感じられたからだった。
その方法でしかそれが得られないのだとしたら、凄く寂しい。
真の優しさや思い遣りは、同じく真の優しさや思い遣りでしか引き寄せることはできないと、
少なくとも私はそう思う。
人を傷つけてまでついて、自分が幸せになる嘘だけは、きっとこの世にない。
あるはずないし、あってはいけないんだ。
これは決して、彼女に向けての言葉ではない。
29日(土)
43℃台の熱が出る激しい夢を見た。
それでも、ふらふらしながらも一人千鳥足で室内を歩いていた。
私ってば無敵。
そんな夢を見るのも、風邪なのか何なのか、ここのところ体調がとても良くないせいだと思われる。
昨日会った友達にも、「顔がむくんでいる」「目がおかしい」などと数時間の間に散々言われた。
確かに、首から上が張っているというか腫れているいうか、取り敢えず一目瞭然なのは自覚あり。
それでも、そういうことはあんまりしつこく指摘するものでもないと思うのさ。
今日は寒さが大分緩んで感じられる。
多少なりとも頭をすっきりさせたくて、夜海の側まで自転車を漕いだ。
眺めの彼方先に、八景島のネオンが浮かび上がっていた。波を幾つ越えたところなのだろう。
暗闇の合間から深く穏やかに響く波の音は、いつも気持ちを落ち着かせてくれる。
心の中が、ひと時波だけになる。
しばらく佇んで、根城に戻った。
28日(金)
濃いコーヒーをブラックで飲むのが好きだ。
缶から粉が減るのも早く、また空になっていたので、寝起きに新しい袋を開けようと台所用の
ごついはさみを使って封を切っていたら、最後の“じゃき”は思い切り左手の小指にかかっていた。
普通に力を入れて刃を閉じきっていたので、指の端が見事にぱくっと切れた。
もちろん指は結構な痛みだし、さすがに自分の間抜けぶりに片腹も痛いわ。
夕刻から外出。
出掛けに隣の大家さん宅に家賃を納めに立ち寄ると、奥方がお茶に誘って下さった。
とても嬉しかったが、待ち合わせがあるので丁重に辞退。
今日は、久しぶりに会った友達が、横浜駅近くの台湾料理屋で食事をご馳走してくれた。
そのあと、「アラビアンロック」という店に入った。
なにやら演出が凝っていて、出迎えてくれる女性は魔法のランプ持参だし、金網風の個室に
案内されてからは「ただ今召使が参ります」なんて言ってくれるし、緑色の顔したアラジン?
があちこちでお客さんの誕生日のお祝をしているし、妙に面白かった。
以前掲示板で話題に出た監獄バーがどうも頭をよぎったが、その系列だと知ったのは、帰宅して
もらってきたパンフレットを見た時だった。
久方ぶりにアルコールを口にした。
相手は酒豪でも、私は頑張ってもラムコーク三分の一が関の山という情けなさ。
一方的に酔わせるというのも、ちょっと申し訳ないような気がした。
27日(木)
夜、いつもの八景のダイエーに寄ったら、もう耳にすることはないはずのあの歌が鳴り響いていた。
いざゆーけーむてきーのーわかたかぐんだんー♪
「ん?よもやまたダイエーが買い戻したというのか?」と一瞬思ったら、あちらこちらに最後の
応援感謝セールの張り紙があった。
案内のアナウンスで、しきりに「南海ホークス」と懐かしい名で呼ぶのは何かの意地なのだろうかと
思いきや、新たな球団名で正式に発足するのは明日らしい。
早くも一月も終盤。またこんな調子であっという間に野球シーズンがやって来るのか。
26日(水)
曇りがち。晴れは時折小さじ一杯という感じ。
夜は、少し霧が出ていたようだ。
その中で一時見上げた冷えた夜空には、月も星も美しく輝いていた。
今、箸袋を新しく考えている。
婚礼などのおめでたい席でも使っていただけるものをと思い、思索しながら試作。
・・・別におやじギャグではない。
悩みどころは、メインの紙が和紙ではないこと。
その分厚みとしっかり感があるのだが、「和紙小物の店」という看板には
偽りありか。
やはり飾りは結びきりにしないとまずいのだろうかと疑問に思う。
「慶事の結びきりは水引に関してのみ」という回答に安心する。
特にお祝い事に関しては、何かを作っていてもふと「あれ?これは大丈夫か?」
と手が止まる場合も少なくない。
この世に知らないことは山ほどある。
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25日(火)
深夜になって、雨がそっと囁き始めた。
心地よいトーンだ。
私はどうも筆圧が強いらしく、シャープペンや鉛筆の芯が使っているとばきばき折れる。
ペンも、先っぽがつぶれるのが早い。
実は力があり余っているのだろうか。
多分握力などはごく標準くらいだと思うのだけど、かつて学校のスポーツテストで測ったきりだから
余り参考になるとも言えない。
関係ないが、昔小学校の宿題か何かで、「親に自分の長所と短所を書いてもらう」なんていうのが
毎年あった気がする。
長所:穏やか 短所:やや消極的
確か、いつも判で押したようにこれだったと思う。
「やや」という箇所には、両親の愛情を感じずにはいられない(笑)
24日(月)
寒さやや緩む。
日記の方も、何とか溜めずにゆけそうな状態をようやく取り戻したと思う。
少なくとも、丑三つ時にパソコンの前でふーふー猫風に唸りながら頭を抱えるような怪しい状態は
打破。
電話で話していた相手が妙に私に理解がある物言いばかりをしたので、からかい半分で
「まるで仏の御心だね」
という感じのことを言うつもりがとっさに漠然としか浮かばず、気が付いたら
「まるで大仏の心だね」
と言っていた。
おしいけど、何かが違う。
脳裏には、鎌倉の大仏がでーんと浮かんでは消えず。

23日(日)
静かにひっそりと降り続ける雨。
近頃、やたらと「負け犬」という言葉を見聞きする。
最近の使われ方の意味も大雑把には知っているが、そもそもこの言葉自体、犬にとても失礼な
気がするので好きになれない。
22日(土)
今宵は、品川プリンスホテルにてビュッフェ。
期待の主演男優は、何と急遽風邪で倒れてしまい残念ながら会場には来られなかったので、
今日のところは姉・兄さん(姉の恋人)・私の3人は月下氷人にはなりそこねたが、主役の一人が
不在の状況ならでは?の盛り上がりを見せる食事会になった。
笑いすぎて脳が酸欠状態になる感じくらいに楽しい夜を過ごした。
また来月、賑やかに仕切り直しだ。
きっと素敵な展開になりそうな予感がする。
思うのは、人が人からしか受けることのできない類いのエネルギー。
しっかり元気をもらってきた。
21日(金)
甚だしく季節感を無視していた自己紹介ページの写真を変えてみた。
何事も、ほったらかし丸出しはよろしくない気がした。
以前の写真と比べると、髪が凄く長くなっているのが一目瞭然で少々驚いた。
最後にいつ切ったのかまったく思い出せないくらいほったらかしである。
20日(木)
この睦月、日記を溜めてしまっては何とか追いつきまた溜まる、という風なことを繰り返している。
今は日記一つどうにもならないほど時間がないという状況ではないし、奈落の底に落ちるほど
心身の状態が芳しくないとも言えない。
それでも、どうしても書くことに心が赴かない時があり、今月はそれがやたらと多い。
一体なんなのでしょう。
人相悪くなりそうだ。
19日(水)
夜は品川へ。久方ぶりの映画館で「カンフーハッスル/功夫」を観た。
大きなスクリーンに迫力ある音響はやっぱりいい。
敢えて比較するならば、個人的には「少林サッカー」の方が100倍は好きだ。
場面場面では、達人たちの素晴らしい動きが堪能できたり、少数精鋭で斧を手にした大軍団の
悪をなぎ倒したり、大きな爽快感や感動を得るところはある。
だけど、なんだろう。
おばかな映画とは言い切れない、ちょっとエグい印象ばかりが残る。
「少林サッカー」のように、何度でも観たい愛すべき映画とは思えなかった。
今回のチャウ・シンチーはチンピラ役。
精悍で少々やさぐれた感じの男前だが、明るさも笑顔もなく、ついでにクライマックスで突然
真の力に目覚めるまではカンフーなど一つもしやしないし、主演の割にはストーリーにも大して
絡んでいないような・・・
映画館を出る時、頭の中で鳴り響くのはなぜか「少林サッカー」の音楽だった。
そして、なんだか無性に、ジェット・リーやドニー・イェンなど本当の武術遣いが大活躍するような
映画が観たくなった。
18日(火)
先日の朝日新聞文化・芸能記事より。
墨で描かれた鶏は、伊藤若冲の晩年の作品と見られて
いる「松梅群鶏図屏風(部分)」。
だけど、ぱっと見た感じ、私が見たことのある若冲の
墨画とは随分タッチも受ける印象も違うように思える。
素人の私ですらそう感じるのだから、事実美術史家
の間でも諸説あるそう。弟子の作品ではないかなど。
謎に包まれた素敵な一枚。
「ふふふ。俺が描いたんだよ」
と空から笑って見ているのは誰。
記事の最後には、「近年人気がいや増す若冲」との
表現が。
えっ、そうなんだ。知らなかった。
そりゃそうだよな、あんな凄い絵ばかり遺している
んだもの・・・
至極納得はするものの、どうもあまりに皆がこぞって
「いい!」と言う対象からは、つい一歩引いてしまい
そうになるきらいもある、ひねくれあまのじゃくなワタシ。
もちろん、若冲作品から引いたりはしないけど。
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17日(月)
「其の伍*行事ごとに」にバレンタインカードを更新しました。ミニサイズもあります。
大切なお相手がいる方も、この機会に思い切って気持ちを告げる!という方も、このカードに
限らず、心の中にある、ありのままの言葉を贈ってみてはいかがでしょう。
恋文は、もらえば必ず嬉しいものです。
私は手紙の類いだけは捨てられないたちで、子供の頃からほとんどのものをとってあります。
引っ越しの際などに整理する時、つい手を止めては読みふけってしまったりもします。
たとえ自分が特別な気持ちを持たない男性から届いたラブレターであったとしても、その時の
相手の想いが凝縮されている手紙は、やはりとても大切に感じます。
ましてや、好きな人からの文であればどんなに短い言葉でも宝物。文字一つ一つがいつまでも
色褪せない気がすると言うのは大げさでしょうか。
16日(日)
お年玉つき年賀はがき、切手シートが4枚当たった。
切手は、私的に「もらって嬉しいものベスト5」には入り込むと思われる。
つまり、私は当たって喜んでいる。
天龍源一郎、54歳。
久々に光臨したコワイ三沢の真剣エルボーをがんがんくらい、激烈な逆水平でやりかえす54歳。
小橋建太以外で、逆水平一発にここまでの凄みを感じるのは彼くらいだなと思いながら見ていた。
小学生の時、テレビで初めてプロレスを見るようになった。
あの頃、私は寡黙で男臭くて渋い雰囲気の天龍源一郎がとても好きだったではないか。
思えば、一時ほとんど恋していたと言っても過言ではない。
なんておかしい小学生だろう。(多分誰にも言わなかった)
私の感覚では、(特に男の)54歳とはまだ全然年ではない。
しかし、それが現役プロレスラーとして未だにこれだけ闘える様を見せられると、さすがに恐れ入る。
あの大好きだった入場テーマ曲、これだけ歳月が流れて再び耳にできるとは。
またぜひノアのリングで、主力選手たちと対戦して欲しい。
15日(土)
結局雪にはならず、冷たい雨の一日に。どえらく寒い。
夜、用事で駅の近くに向け歩いていたら、風が強くて番傘の危機を非常に感じ、結局閉じて
道をゆくので当然普通に濡れた。
自転車をぶっとばしても同じだったか。
14日(金)
「ひつまぶしごはん」はやっぱり「ひまつぶしごはん」に見え、「クラダシ」が「グラタン」に見える
私としては、当然ヤフーのトピックス「会場あぜん・談合しました」は「会場あぜん・試合しました」
だと信じて疑わなかったさ。
そしてそこから色々想像力を逞しく働かせたさ。
夢の中で、どこかの広い室内円形展望台のような場所から、美しく展開されている夜景を
眺めていた。
でも、なぜか全てのガラス窓は埃で覆われていて気になった。
次に、高速を走る車の中から、雨の夜空に打ち上げ花火が鮮やかに上がるのを見つけた。
花火は綺麗だったが、雨で霞んでぼやけて見えた。
なぜゆえみんな曇る。
13日(木)
夕刻、ふと窓を開けて空を覗いたら、綺麗な飛行機雲に遭遇。
とても長く、くっきりと続いていた。

ところで、私、なにやら結構常に日産の宣伝に貢献していると思いません?、ゴーン社長。
12日(水)
紙というものはよく手を切ってくれる。
特に模造紙みたいなやつは、すぱっと切れ味鋭い見事な切れっぷり。あっと思った瞬間には
手に傷をこさえてくれている。
そんな時、「かまいたち」という言葉がいつも最速度で浮かぶ。
今日は2度、かまいたちを思った。
11日(火)
借りてきた猫。 ・・・違うな。
盛りのついた猫。 ・・・ん?
毛の逆立った猫。 ・・・これか。
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かなり寒い日が続く。冬の当たり前の姿と言えばそうだけど。
思えば短い暖冬だった。
根性据えてゆかないと。
がお〜っ
10日(月)
トップページの下部にうっかりつけたままだった、サイト内検索。
これは@nifty内のサービスなので、URLが変更になった10月下旬以降は機能していませんでした。
その間に利用されて結果が得られなかった方がおられれば、深くお詫び申し上げます。
9日(日)
今の住まいがまた取り壊されることになった。・・・という夢を見た。
そのあと、場面変わって、昔14年間一緒に暮らした犬のコロンが出てきた。
私が実家にいるコロンに会いにゆくと、はじめは飛び上がって元気に迎えてくれた。
でも、すぐにお座りの形になったと思いきや、そのままの状態で動かなくなった。
「コロン、コロン!」と名前をたくさん呼んだり、なぜかカメラのフラッシュを浴びせて刺激を
与えたりした。
でもコロンはやっぱりもう動かなくて、目の色が桃色になって、まるで壊れたロボットみたいに
見えた。
私はあまりの悲しさにぼろぼろ涙を流して泣いた。
目が覚めると、実際に泣いていた。
高校生の時、実際にコロンが小屋の中で死を迎えているのを見つけたのは私だった。
何かを考える前に「うそだ」と声に出て、同時に泣きはじめたことを思い出す。
8日(土)
自分の認識の甘さが招いた事態で、この数日かなりばたばたしていた。
けれども、何とか収束に向かいつつある。
今年はもうちょっと成長しないと・・・
溜まってゆく日記も凄く気になるし、ずしんとくるし・・・
7日(金)
ジェイクの曲は全て何もかももれなく好きだけれど、中でも“Spain”を聴くと特に、
「ジェイクは若いのに本当に洗練されたミュージシャンだなあ」
と思う。
音譜もろくに読めない私が何を言う。
だけど、なぜだかいつも彼の音楽年齢の高さのようなものを感じるのだ。
チック・コリアの原曲はまだ聴いたことがないので、今のところ私の中では、ジェイクが弾く
“Spain”が“Spain”。
6日(木)
基本的に歩くことは決して苦にはならないが、時間の問題で駅まで自転車にて強行突破。
思ったより本降りで、ずぶ濡れかつぶるぶる震えながら何とか駅のホームに辿り着く。
電車を待つ間、時折同様の姿の同胞を見かけては妙に親近感が湧く。
ちょっと内心でふふっとなる。
しかし、こんなことをしているから、しもやけにもなるのか。
さっき天気予報を見たら、明日の最高気温は+9℃と書いてあった。
それは凄い。
「眠眠打破」は、飲みたいより言いたい。
5日(水)
そこはかとなく、ツキの無さを感じる日。
急ぎの仕入れで浅草橋問屋街へ行ったなら、ほとんどの店が開いている中、目当ての和紙店だけ
シャッターが閉まっていた。
張り紙には、年始は明日6日からの営業だと書かれていた。
愕然とする。
次に洋紙(レザック60・紅)を手に入れるべく蒲田へ飛んだ。
数限りなく棚に洋紙が並ぶ中、そこだけが唯一見事にもぬけの空だった。
愕然とする。
関内に移るべく、蒲田からちょうど発車寸前の京浜東北線に飛び乗った。
やっとツイていたか、と思いきや、初めて経験する鶴見(たった2つ先)止まりの電車だった。
愕然・・・てほどでもない。
関内駅で立ち寄ったお手洗いは清掃中。
ショッキング。
そして、肝心の用事も結局済ませられず。
パッション。
寒いしへろへろなので、駅側のコーヒーショップに入る。
ここでは特に事なきを得る。
20時頃アパートに帰り着き、しばしの後、別の用で外に出る。
ほんの数十分で帰宅すると、その間に玄関のポストには、友人が昨日発送してくれた、郵便小包の
不在票が入っていた・・・
4日(火)
開店休業も昨日まで、ありがたいことに少し忙しくなってきた。
ちょうど今日から仕事はじめの人も多いだろう。世間と足並みが揃うのも悪くはないものだ。
夜、二日間ダイエーに置きっぱなしにしてしまった自転車を取りにゆく。
ちゃんと健在で一安心。
もう既に閑散とした状態を取り戻した瀬戸神社に寄り、私の初詣を済ませた。

3日(月)
私のしもやけは、いつしか第二次成長期あたりは軽く越したらしい。左足の薬指全体を赤く
覆いつくし、すっかり太くしてくれた。
寒ければ疼く。温まると痒い。
なにやら他の指も危ういし、やっぱりこれが冬なのかと感じ入る。

2日(日)
午後から実家に向かう。
最後の乗換えで柏駅から東武野田線に乗り、座席に腰掛けた。発車まで5分ほどある。
目を伏せていると、なんだか視線を感じる。
顔を上げて対面を見遣ると、そこには地元に住む小学校時代からの友人が身を乗り出し目を
見張っていた。
「たき、帰ってきてたの!?」
「うん、日帰りで今から向かうところ!」
数年ぶりの嬉しい驚きの再会。
この偶然の確率を思えば、サイコロ何回ふったって足りない。
実家には、結局一年ぶりの訪問となった。
母の美味しい手料理を食べ、久々の家族団欒、楽しいひと時だった。
1日(土)
元日、昨日済ませておくはずの棚卸などしていた。
その過程で、和紙や洋紙の材料の類いが入っている襖の開き戸を手前に引いて開けたなら、
がくんと宙に浮くような確かな手応えがあった。
私の手元には、扉一枚が単体で丸ごとやってきた。
こんな激しい壊れ方、さすがに見たことない。
取れた扉を見ると、釘が多方面から妙な具合に出ているし、どうも枠も曲がっている。
普段から開閉が頻繁なせいもあるとは思う。
この際、もう扉に未練は残さず、和風の素敵な暖簾でもかけてしまおうか。
そうなると・・・扉ってやっぱり粗大ごみなのか?
昨夜もやっぱりパソコンはおかしくなったし、ちょっと壊れることに縁がある気もする年末年始。
でも、今日はとってもいい夢を見た。
夢見の悪さが専売特許の私にはびっくりするような幸せな初夢。
それで相殺だ。
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