涼風工房にお立ち寄り下さいまして、誠にありがとうございます。
   この小さな店は、皆様に支えられながら、店主である私が一人で営んでいます。
   商品の制作を中心に、メール応対、ウェブ管理、材料の仕入れ、発送の支度、
   新作やオーダーメイドのデザイン・・・日々やることが追いかけてきては気合で
   勝負する、そんな昼も夜もないど根性な営み方です。

   決して効率が良いとは言えないこの仕事を続けて7年以上が経ちます。
   何が継続を促すのだろうと、時にふと考えます。

   きっと、物を作ることがやっぱり単純に好きなのだと思います。
  
   そして、自分の手で生み出した品を購入して下さる方に喜んでいただけることが、
   全ての活力の根幹となります。

   そこから伸びる枝には確かに、かけがえのない充実が常に実っているのです。








> 店主自己紹介

 



 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 



 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 


ささやかな仕事場ですが、商品を作る仕事、パソコン仕事、発送
準備等、全ての作業をここで行います。
六畳フローリングの室内に無理矢理畳を三畳のみ投入、そこが
制作のスペースになっています。

見栄を張って非常に片付いた状態を撮影。


   

 

好きな言葉・・・「自由自在」 「粋」

好む色・・・黒

気になる絵描き・・・伊藤若冲

プロ野球観戦・・・年数回

2008年の私的目標・・・夏までに近隣に引っ越し



猛虎図(一部)/伊藤若冲

 



世界に誇るスーパーウクレレプレイヤー、ジェイク・シマブクロをこよなく愛する。
ジェイクの音楽を毎日の生活に欠かすことなどできやしない。
いや、私の人生に欠かすことなどできやしない。







もう5年は毎日聴いているけれどまったく飽きない。
バンドとのセッションも相当素晴らしいが、彼の真骨頂はとにかくソロ演奏だ。
何度聴いても、何度見ても、なぜ同じ人間の2本の手・10本の指であの凄いとしか形容できぬ演奏が
繰り広げられるのかさっぱり分からない。
こういうのを永遠の謎と言う。


仕事の休憩にはウクレレで結構真剣な気分転換。完全自己流。見よう見まねとはこのことだ。
もうずっと長いこと、「Yesterday」特訓中。どうしたことか、なかなか昨日が終わらない。


ウクレレは、2005年にお香典返しのカタログギフトにて手に入れる。
これは日本でもっともポピュラーなウクレレの入手方法である。


ああ、いつかただ一曲だけでいいから、ジェイクのように弾いてみたい。
ジェイ子・ナキボクロを志す、壮大すぎる夢である。

ただし泣きぼくろはない。

 



気になる猫、瀬戸子。(勝手に命名)
日常通り掛かる瀬戸神社に、多分無許可で暮らす三毛。
のりのりの時はカメラの前でこれでもかと魅惑ポーズを連発。ちょっとごきげんななめの時は遠慮なく
「なによ、うざいわね」の顔をする。
そんな瀬戸子がなんだか大好きで、彼女の前ではすっかりカメラコゾウになる。


女子モデル/SETOKO(瀬戸神社在住)

 


1974年2月に千葉県柏市で生まれ、その辺りで高校まで出る。
子供の頃から本だけはやたらと読んだ、活字好き。

高校在学中、なぜか漫画家の卵として出版社に出入りし編集部で指導を受けていた時期がある。
16歳で己の適性のなさを様々な側面で思い知り、以後すっぱり退く。
郵便局・ウェイトレスなどのアルバイトをした高校時代だったが、どの場よりも大きく厳しい社会経験をさせていただいたと思っている。

高校卒業と同時に単身横浜へ移住。中華街で職を得て4年間レストランのフロント勤務をする。
横浜の地がとても気に入り、以降現在まで16年間居つく。


2000年、26歳で涼風工房立ち上げ決行。

きっかけを尋ねられる機会は少なくないが、何とも表現しがたいのが実際の状況である。
元々大して器用にできているわけではなく、少なくとも「趣味が高じて」などの理由とは無縁だった。
強いて言えば、自分ができることを探していた時にタイミングがやって来て私の鼻先でダンスしたあと浜辺に走りながら「あたしをつかまえてごらん」と誘惑するのでそうした、ということなのだろうか。(違うだろう)

パソコンを触るのも初めての状態でいきなりウェブサイトを作成することに相成る。
一冊の参考書だけが頼り。メールのやり取りさえした経験もないくせに、一体どういう了見だったのか。
とにかく、何もスタートさせなければ何も起こらないといういたって平凡な視点により、無知丸出しの中この店はおっかなびっくり始動した。
今ではその時の無謀さが恐ろしく、反省している。

そのような感じではなから制作や運営に関する勉強の裏付けもなく、仕事として成り立たせるためにありとあらゆる種類の大波小波を千鳥足でまたいで少しずつ少しずつ前進を試みてきた。
ウェブショップでこのような手作り品販売を生業とするためには、半端な覚悟では無理であることが身に沁みて分かった。


2007年、取扱い商品の中心にウェディングペーパーアイテムを据える方針を固める。
招待状に限っては2000年の開店当時から扱ってきたが、当初は種類も数点、あくまで取り扱い商品のごく一端という位置付けだった。
嬉しいことに年々そちらのご依頼で声をかけていただく機会が増えてゆき、私自身非常に遣り甲斐を感じることも手伝い、また商売として店を存続させるためにも思い切った変化が必要だったので決心。

結果、大きな転機となった一年で、まだまだ学ぶべき事柄は多いものの、進むべき道しるべを見つけることができた。


2008年。多くの支えがあって、今に至る。
率直な気持ち、涼風工房はお客様に恵まれていると思う。
だからこそ、当初はへなちょこ店主でもどうにか今は半人前を過ぎ、少しは大きく構えることができるようになったのだと思っている。

どんなに忙しくても、これまで生きてきた中で「やっと自分になれた感じ」との実感を初めて持てているし、どの時よりも、自由な風を感じる。

そして、これからも涼風工房はある。


学歴なし。免許なし。資格なし。特技なし。
改めて書いてみると本当に何もないわぁと我ながらちょっとびっくりするが、そんな人間でも、明確な強い
意志を持つことさえできれば、きっと成せば成ると信じて今日もゆく。

ついでに、生きてゆく上で腕力は必須アイテムであると、紙類オンリー6kgの仕入材料をへろへろになり
つつ持ち帰りながら、いつも思う。
見習いたいのは小橋建太選手の強靭かつ真っ直ぐで気高い精神だけでなく、かの豪腕もかも知れない・・・

 


2008年1月更新